偉人たちの知られざる物語

文豪 紫式部も「嫉妬」? 知られざる「同僚への辛口評価」

Tags: 紫式部, 平安時代, 宮廷女房, 源氏物語, 人間関係

平安の天才が見せた意外な「人間臭さ」

平安時代中期、日本の文学史に燦然と輝く不朽の名作『源氏物語』を生み出した紫式部。その名は、雅やかで繊細な世界観を紡ぎ出した「文豪」として語り継がれています。宮廷に出仕し、中宮彰子(藤原道長の娘)に仕える女房として、華やかながらも複雑な人間関係の中で生きた彼女ですが、その素顔は教科書的な偉人像だけでは語り尽くせません。

特に興味深いのが、彼女自身が綴った『紫式部日記』に見られる、同僚の宮廷女房たちに向けられた率直すぎる評価です。そこからは、『源氏物語』のような優美な世界とは一転した、生々しい人間模様や、天才ならではのプライド、あるいは微かな「嫉妬」のような感情さえ垣間見えるのです。

日記に記された辛辣な「人物評」

『紫式部日記』には、同じ中宮彰子に仕える女房たちの名前がいくつか登場し、彼女たちに対する紫式部の寸評が記されています。その内容は、決して社交辞令的なものではありません。

例えば、当時すでに歌人・随筆家として名声を得ていた清少納言については、「したり顔にものを申す」「さばかりさかしだちたる人も、まことのほどは、見えはべるなり」と評しています。「いかにも物知り顔で得意そうに話す」「あれほど利口ぶっている人も、その実力はたいしたことないのが露見するものだ」といった意味合いです。

これは、『枕草子』に代表される清少納言の才気煥発さや、物事をはっきりと述べる姿勢に対する、紫式部の複雑な感情の表れかもしれません。『源氏物語』のような物語文学を得意とする紫式部と、『枕草子』のような鋭い観察眼と知的な表現で時代を捉えた清少納言は、文芸のスタイルが大きく異なりました。紫式部が清少納言の才能を認めつつも、その自信満々な態度や人気の高さを快く思っていなかった可能性も考えられます。

また、他の女房についても「軽薄である」「品がない」といった手厳しい評価を下す箇所が見られます。日記という私的な空間だからこそ書けた本音でしょうが、これらの記述は、『源氏物語』の登場人物を深く描き分けた観察眼が、現実の人間関係においても鋭く働いていたことを示唆しています。

天才ゆえの悩みと人間らしさ

これらの辛口評価は、単なる悪口として片付けられるものではありません。そこからは、天才ゆえの孤立感や、周囲になかなか理解されない苦悩も感じ取ることができます。紫式部は日記の中で、自身の学才を隠そうとしたり、世間の自分に対する評判(『源氏物語』が異性を惹きつける物語だという批判など)に悩んだりする様子も吐露しています。

彼女にとって、宮廷という限られた世界で才能を理解し合える相手は少なかったのかもしれません。だからこそ、他の女房たちの振る舞いが些細なことでも目に付き、それを日記に書きつけることで自身の内面を整理していたとも考えられます。

『源氏物語』の作者という類まれな才能を持ちながら、同時に彼女は私たちと同じように、人間関係で悩んだり、他者に複雑な感情を抱いたりする一人の人間でした。日記に綴られた辛辣な言葉の裏には、平安の世を生き抜いた一人の女性の、等身大の苦悩や葛藤、そして強烈な個性があったのです。

偉人伝にはないリアルな一面

紫式部の同僚への辛口評価を知ることで、私たちは「雲の上の人」だった天才文学者の、驚くほど人間らしい一面に触れることができます。『源氏物語』の典雅な世界観と、日記に記された生々しい本音とのギャップは、彼女が単なる文学の象徴ではなく、豊かな感情と複雑な内面を持った一人の女性であったことを教えてくれます。

偉人伝に描かれる輝かしい功績だけでなく、こうした「知られざる」人間的なエピソードに光を当てることで、歴史上の人物はより身近で魅力的な存在として私たちの前に現れるのではないでしょうか。